東大生のノートの取り方、東大生の思考法・・・皆さんも生活している中でこうしたマーケティングフレーズを目にしたことがあるのではないでしょうか?東大には及びませんが京大でも似たような事例は多々あり、京大卒の端くれとして思うところもありまして今回記事にしました。
Amazon.co.jp: 東大合格生のノートはかならず美しい : 太田 あや: 本
Amazon.co.jp: これが東大生・京大生の部屋だ! : 朝日奈 ゆか: 本
タイトルにある【東大生のノートは美しい】。これは真実なのでしょうか?
筆者は東大出身ではありませんので、役者不足ではありますが京大に置き換えてお話できればと思います。結論から言うと多くの京大生のノートはきれいでした。
「じゃあタイトルは真実じゃん」とのツッコミが来そうですが、そう簡単な話でもないのです。本日はそこを深掘っていき自分のモヤモヤポイントを開陳できればと思います。

美しいノートとは?
まず美しいノートってなんでしょうか?配色や段落も要素にはなりますが、一言でいうと「誰が読んでも理解できる」ノートがきれいだと筆者は考えます。その場合東大生や京大生は「情報入手→理解しやすいかたちに構造化→ノートに出力」の工程を自然と踏んでいる人が多く、別の人が見ても要点や階層構造が一目でわかるノートになっていることが多いです。
なので一般的に言われる「見やすい」「字がきれい」とはまた違ったります。あくまでも図や文字はストレスなく読み取れればよくて、必要以上にきれいである必要はないのです。
きれいなノートをとるのは再現性のため
では筆者がもやもやするポイントは何か。ここからが本題になるのですが、京大の中で上澄みの(天才といって差し支えない)方々の多くはノートが汚かったのです。一度見たことをすぐ理解できる人、頭の中で複雑な事象を読み解ける人には、きれいに構造化されたノートなんで必要ないんです。
でも多くの凡人にとっては違います。凡人は定型化された成功プロセスに従うことで成功の再現性を高めることができます。
つまり【ノートを美しくとる東大生】【思考を整理する東大生】は東大の中では凡人なのです。かくいう私も京大の中では凡夫も凡夫でした。
【完全攻略】凡人による凡人のための東大攻略法【はじめに】|Road to 東大-凡人専用・東大受験攻略法-
凡人が代表例として紹介されると気恥ずかしい
しかし世間一般では凡人東大生のほうが評価されやすいです。思考の整理って分かりやすく賢く見えるからです。なのでこうした東大生像が「賢い東大生」の代表事例としてマーケティングフレーズにも多用されがちなのですが、当の本人たちは気恥ずかしい思いもあるのではないでしょうか?「いやいや俺たちなんて大したことなかったよと」