枝見的考察記

社会/地域/経済の出来事を斜めの視点から描きます。

政府が危機対応で”何もしない”のは合理的な判断だった?

本日首都圏一都三県に緊急事態宣言が発令された。コロナ感染者数は11月よりじわじわと拡大していたが、年末年始に感染は急拡大。あっという間に緊急事態宣言に至った。

政府の対応の遅さを非難する声も

www.tokyo-np.co.jp

12/28に停止されたGOTOトラベルも今回の緊急事態宣言発令についてもメディアの論調は厳しく、政府対応の遅さを非難する記事があふれている。

 しかしこの”国は何もしてくれない”問題で、菅政権の能力不足と捉えるのは早計だ。なぜなら国は合理的に”何もしない”選択を取っているからである。

 

どういうこと?

ここで政府対応の遅速と感染拡大の有無によって、メディアや国民がどういった反応するかを表にまとめてみた。

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政府対応の遅速と感染拡大有無による国民の反応

政府の対応が早かった場合(表左列)

・感染拡大を抑えられなかったら(表左上)

政府対応の不十分さを批判される。

・感染拡大を抑えられたら(表左下)

多くの人は実際に起きなかったことを想像するのが難しいので、早期対応できなかった時にどこまで感染が拡大したかを顧慮できない。

そのため政府対応の厳しさを非難される。

  • 厳しく対応したせいで景気が悪くなった
  • 必要以上に国民に不便をかけた
  • ここまでやる必要があったのか?

どちらにしても批判される

つまり政府対応が早いと、感染拡大が抑えられようが抑えられまいが非難される。それに対して政府の対応が遅かった場合はどうだろうか?

 

政府の対応が遅かった場合(表右列)

・感染拡大を抑えられなかったら(表右上)←今の状態

政府対応の遅さを批判される

・感染拡大を抑えられたら(表右下)

よく分からないけど何とかなったとうやむやになる。

実はこれが安倍政権時に起きた4月のコロナ対応である。日本の対応は後手後手だったにもかかわらず、なぜか諸外国よりも感染が抑えられた。そのため安倍政権のコロナ対応については、今回の菅政権の対応ほど厳しい批判はされていない。

期待値を考えると手早な対応はせず何もしない方が良い

以上より政府は”批判されないこと”を価値軸に置いてしまうと、”何もしない”という意思決定を下してしまう。

どうやったら政府の行動を変えれられる?

こうした事象を防ぐには政府が”批判されないこと”を価値軸に置かないようにすれば良い。つまりメディアが、予測不能の危機対応下では誰しもが過った判断を下しかねないことを認め、間違っても後知恵バイアスで政府を非難するようなことを無くさなければならないだろう。